『グッド・オーメンズ』シーンさんとテナントさんのお気に入り場面

podcastを聴いていたら、思わずメモしたくなるシーンさんの発言があったので。

https://podcasts.apple.com/jp/podcast/front-row/id134045372?i=100044008

(グッド・オーメンズでお二人のお気に入りの場面は?)

デイヴィッド・テナント: 僕ら2人ともエピソード3の冒頭のシークエンスが気に入ってると思う。(訳注: We という主語を使い2人分を代弁するテナントさん)

アジラフェルとクロウリーからみた世界の歴史が描かれているんだ。

(2人がいろんな時代で会うシークエンスですね)

DT: その通り。

エデンの園から始まって、ノアの箱舟、磔刑、フランス革命、歴史上の出来事を点々とね。何千年もの間に2人の関係が深まっていく様子が観れるんだ。

(お互いをサポートしたり、助け合ったりしてましたよね)

DT: その通り。

マイケル・シーン: あとね、個人的に僕は2人の関係、サブテキストに愛や絆なんかが汲み取れる瞬間が気に入っている。

言葉や表面には出されないし、2人とも否定するけれど、隠された部分が許されるギリギリまで表面化する場面が好きだね。

そういう場面をデイヴィッドと演じられた事ができてとても良かった。

バンドスタンドでの場面はいろいろな事がギリギリまで表面化する場面なんだけれど、楽しかったよ。

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フレディが変えた世界。ブライアンとロジャーのインタビュー訳

ずっーと前から訳したいと思っていたインタビューです。

思うところがあって今日、合間に訳しました。

ロジャーが「何があっても彼に味方する。もう彼は自分をかばえないんだから」と言ったテレビ番組でのインタビューの後半部分です。

(前半部分は訳されている方がいらっしゃったようですので)

なかなか自分の納得できる言葉になっていない部分もあるのですが、能力不足です。ごめんなさい。先に謝っておきます。

8:10あたりからです。

(フレディの死がテレビや新聞などのセンセーショナルな追悼文だけで終わるとしたら残念すぎますよね。何かもっとあるべきですよね。)

ブライアン: もっともっとある。たくさん伝えるべき事もある。ここ数日で世界中からたくさんの愛が注がれているのを感じている。 フレディは世界を変えたし、彼の死も世界を変え始めたと思う。

まずこのボヘミアン・ラプソディのレコードは彼を追悼し、再リリースされる。全ての収益金はエイズのチャリティに寄付される。

ロジャー: このレコードは両A面で、もう一つの曲は (These are the) Days of Our Livesで僕たちが作った最後のミュージックビデオで、歌詞にも良い繋がりがあると思う。

(Show Must Go On という曲もありますが、やはり意図的にそういう意味が含まれていたのでしょうか?)

ブライアン: 振り返ると、ここ数年そう思える曲は多くあると思う。でも1つだけでなく、様々な意味合いが含まれてもいるんだ。

(彼が世界を変えた、というのは大げさでは、という人々もいると思いますが、どう答えますか?)

ブライアン: 1つの例を挙げれば、彼の存在がゲイである人々への人々の接し方を変えたという事だと思う。僕は本当にそうあって欲しいと思う。

彼の個人的な事だったから僕らにとっては今までは少し話題にしにくいことだった。

彼は強く、ものすごく才能があり、考えられるどんな面においても素晴らしく、そして彼はゲイである事もかなりオープンにはしていた。彼はゲイの人々への人々の考え方を変えたと思うよ。

それにもういい加減、時代は変わるべきだよね。

昨日新聞に ”誰々がゲイであることを認めた”、と書かれてるのを目にしたけれど、認めた、という表現をすること自体が中傷という罪を犯しているわけで、そんな事が何事もなかったかのように許させるのはおかしい。

僕たちはもう支援に回れるようになった。ゲイのためのヘテロ(同性愛者をサポートする異性愛者の意)とでも、何とでも呼ぶといいさ。

(バンドの仲間として、このような機会を何かポジティブな事に変換したいと思いませんか?)

ブライアン: たくさんのポジティブな事が起こっているよ。

ロジャー: 全くもってそれがフレディが望んだ事なんだよ。フレディは残された時間に自らの事を公表することがポジティブな何かに繋がる事を望んだんだ。僕たちもその意志を受け継いでいこうとしている。来年、彼の名前の元、何か大きなイベントを開催して多くの寄付を集めようと思っているんだ。

(リードヴォーカルにフレディなしのクイーンのパフォーマンスとなるわけですか?)

まあそうなるだろうね。

(どういう風にされるのですか?)

ブライアン: 詳しく考えてはないよ。僕たちはまだ悲しみの第1段階も乗り越えてないよ、想像できると思うけど。当面は今後の活動については棚上げして、今やらなければならない事をやろうと決めたんだ。

フレディは素晴らしいプラットフォームを残してくれたから、それを使ってエイズの基金を集められると考えている。多くの人にエイズを知ってもらうための啓蒙活動もできると思っている。今もこうして行っているようにね。

デイヴィッド・テナントの語るキルグレイブ。

『グッド・オーメンズ』を観てから宿題をこなすようにデイヴィッド・テナントさんの作品を毎日観てます。

私はほぼ12thと11thドクターのシリーズしか観てなかったので、テナントさん演じる10thの『ドクター・フー』や『ブロードチャーチ』、さらには現在Dlifeで放送中のディズニーアニメ『ダックテイルズ』(テナントさんはスコティッシュアクセントを活かしたスクルージおじさんの声で出演)。

そしてわれらがNetflix制作のマーベルのドラマ『ジェシカ・ジョーンズ』。

『ジェシカ・ジョーンズ』でのテナントさんの役柄はかなりやばいサイコパスでしたが、愛おしくならずにはいられないキャラクターでした。特に9話を観た後には。

下記のキルグレイブという役柄についてのテナントさんの言葉を聞いたらさらにキルグレイブは愛さずにはいられないキャラクターとなりました。

(マインドコントロールできる役ですが、実際この能力を欲しいと思いますか?)

デイヴィッド・テナント: はじめは誰もがそう思うよね。周りの人々を従わせられる力。誰だって欲しいさ。

でもこの能力はその恵みと同じだけ呪いでもあるんだよ。

どうやって生きていけると思う?周りの人々の行為が心からのものなのかわからなかったり、普通の会話すらままならない日常。どうやって倫理観を手に入れられる?

(でも倫理観なんてヴィランには関係ないでしょう?)

彼は自分の事をヴィランとは思ってないよ。ヴィランと思われてる人物もほとんどは自分がヴィランだとは思っていないだろうし。

ドナルド・トランプだって自分がヴィランだとは思ってないだろう?(会場笑)

(訳注: 結構キルグレイブの本質に迫る話をしているけどちょっと司会者があまり真面目に受け止めてくれてないのを察して笑いもとったみたいに見えました。)

僕はね、彼は子供の頃から言葉にした事が実現されてしまう生活をしてきたから、何が正しいかそうでないかを学ぶすべがなかったのだと思う。

もちろん、彼は明らかに非難されるべき行いを犯している。けれど彼はそれすら理解できないんだ。彼は自分の能力の呪いに囚われた囚人なんだ。

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テナントさんの出演する『ジェシカ・ジョーンズ』はシーズン1全話とシーズン2エピソード11です。

グッド・オーメンズ インタビュー訳

Amazon プライムで配信されている6話のドラマ「グッド・オーメンズ」。まんまとはまりました。

(一緒に仕事をするのは予想した通りでしたでしょうか?)
マイケル・シーン: そうだね。ずっと言ってるけど僕はデヴィッドの作品のファンだった。
デヴィッド・テナント:僕も同じさ。
マイケル: でも実際のところは共演してどうそれが作用していくかはわからなかった。僕たちは元々大きく違うわけでもなかったし。俳優としては同じような役柄を演じたりする。それが今回どちらも天使として生まれたという共通点にうまく作用してくれたんだと思う。こういう似た境遇という関係性は良いものではあるけれど、必ずうまく作用するとは限らないんだ。初めての読み合わせの時に「なるほど、デヴィッドの立ち位置はそこなのか、じゃあ僕はこちら側で」とダンスの役割のようなものをつかんだ。あとはリズムに任せて演じていったら息が合っていたんだ。ぴったり息が会っていたと思わない?
デヴィッド: 僕は予想した通りだったと思う。マイケルはクリエイティヴな俳優だから、こんな感じの演技をするんじゃないかな、と想像していたんだ。
マイケル:デヴィッドは照れてしまうかもしれないけど、前に“この役を演じる上で一番難しかった事は”と聞かれたことがある。
デヴィッドと共演しているときに彼の演技に「いや~、さすが上手いなあ」と見とれて自分の役を忘れないようにすることが一番大変だった。あと、すごく良かったのはね、ありきたりの表現かもしれないけれど、テニスのラリーのように相手からのボールを前後に打ち返し続けるような楽しさだったことだね。
中略


マイケル:アジラフェルとクロウリーはお互いをとてもよく補完しあう。僕たちが役柄になりきろうとすればするほど二人の関係はより良いものになっていったんだ。それがこの物語や二人の関係の原動力となった。
デヴィッド: それが直接物語に入りこんでいったよね。
マイケル: 僕は早い段階でアジラフェルはクロウリーを愛していると確信していたからより簡単だった。アジラフェルにとってはお互いは真逆の存在だし、クロウリーのやる事は認められないから難しいことなんだ。でもそれが逆に役者としては「この場面における自分の目標は、君を(デヴィッドの方を向いて)どれだけ愛しているかがばれないようにすること。そして君を切望するようにただ見つめる事」みたいに考えられたからね。

デヴィッド: クロウリーの方は完全にアジラフェルを愛している。でもその事実を彼は気に入らないし、苛立ってしまう。つまり二人とも同じような思いを経験してる。

マイケル: 素敵なラブストーリーみないなものがあるんだと思う。原作の多くのファンの多くもこの二人のキャラクターの興味深いラブストーリーが好きだと思う。はっきり書かれてはいないけれど、見て取れるよね。

中略

(今までに演じられた役でグッド・オーメンズでの役と似ている役柄はありますか?)

デヴィッド: いい質問だね。3日くらい前に教えてもらえていればしっかりとした回答ができたかもしれない。思い浮かぶのはピーター・ヴィンセントくらいかな。『フライトナイト』の。同じような格好をしてる。彼はロックな男で自分自身が本当にクールだと思っている。ホントは全くクールじゃないのにね。横暴っぽい外見だけど内面は優しんだ。クロウリーにもそういう部分があるよね。

(『フライトナイト』より)

みんなへ。1995年ディーキーからのファンクラブメンバーへの手紙

1995年3月9日にジョン・ディーコンがオフィシャル・インターナショナル・クイーン・ファンクラブの会報のために寄せた手紙をtwitterで見ました。他の手紙は見たことがありましたが、この手紙は初めて見ました。きっととっくに全訳も出てるのだろうと思いますが、自分でも訳したい衝動に駆られたので。

みんなへ

みんなが元気なこと、そして1995年がみんなに優しくしてくれてる事を願っています。Queenのレコーディングやミキシングは順調に進行中です。今年中に完成したものをリリースできれば、と思ってます。完成版に対しては、みんなからもさまざまな感想や意見がでてくるのではないかと思います。

ロジャー、ブライアン、そして僕自身にとってもなかなか簡単な作業とはなっていません。僕たちの中でも意見が違い、合意するまでに時間もかかってしまうのです。

とはいえ、ベストを尽くします。ベストを尽くす事が僕たちにできる最善のことだから。

Queen最後のアルバムがリリースされて良かった、意味があるものだった、と感じてもらえることを願っています。

ではまた

ジョン・リチャード・ディーコン

ブライアン・メイQ&A (2001年Queenコンベンション)

2001年のQueen コンベンションで会場から寄せられた質問とブライアン・メイの答えの中から個人的に興味深かった部分を抜粋て訳しました。

(フレディがいない中でのグレイテスト・ヒッツⅢを制作はどうでしたか?)1:35

心の中で綱渡りをしているようだった。僕らはみんな何度か(綱渡りの)ロープからも落ちてしまったと思う。グレイテスト・ヒッツⅢを制作中、何度も何度もフレディの声を聴くのはとても辛かった。形になり始まると大きな喜びもあった。スタジオでみんなでレコーディングしたかのように感じることもあった。実際には収録された曲はどれも一緒にレコーディングしたものではなく、ある瞬間瞬間をとらえたものを集めたものだ。

人々が過去の遺物の寄せ集めだと思わずに笑顔になり、楽しむことができる作品となってくれたことがとても嬉しいよ。僕ら自身は過去の遺物ではあるんだけどね。誇りに思える出来のとても好きなアルバムになった。

トラック13はお気に入りだよ。やったことのない試みだったから。フレディも気に入ってくれてたんじゃないかな。彼の声も何か所かに入っているからね。まあ、難しいプロジェクトではあったよ。

僕は自分の2つ目のソロアルバムの制作にとりかかるつもりだったが、結局約2年半、グレイテスト・ヒッツⅢにかかった。その後に再開したソロアルバムの内容にも影響し、当初考えていた内容より大きく変わったものに仕上がった思う。とはいえ、そう変わる運命だったんだろうね。

(もしフレディがが今も健在だったとしたら、クイーンの音楽はどんな方向へいっていたでしょう?)8:52

ブライアン:なんて難しい質問なんだ。まず、フレディが今もここにいたらクイーンは今も活動を続けていただろうね。どんなに困難があってもクイーンとして活動するという事は価値がある事だからね。ソロの活動もしてるだろうけど、時々集まってクイーンとしても活動していたのは絶対だね。どんな方向に向かっていったか、は全く想像がつかないね。クイーンはまっすぐに一つの道に向かうことはなかったから。同じことを繰り返さなかった事は誇りに思ってるくらいさ。

変わった新しい事を試していただろうと思うよ。僕たちは世界が僕たちに望んでいるのかをわかってはいたけど、望まれてる形にはなりたくなかったんだ。きっと流行の音楽とは一線を画す面白いものを作っていたと思うよ。

(私と結婚してくれませんか?)13:00

ブライアン:慎重に答えなければならないね。こんな質問をもらえるなんてありがたいね。心の底からお礼を言うよ。でも、本当の僕を知っていたら、僕と結婚したいなんて思わないかもしれないよ。離婚歴あり。どうなるだろうね。

(クイーンのメンバーとして活動するより、ソロで活動する方が満足感や喜びが大きいですか?)15:22

ブライアン:良い質問ばかりだね。自分のやりたいことをやれるのは楽しいし、夢のようにありがたいことだ。

でも、ジョン・レノンが言っていたように、部屋を見まわし、そこにみんながいてくれたら、と思う事があるよ。バランスが重要だよね。今もクイーンが活動を続けていて、自分がそういうバランスをとれていたらよかった。僕たちはお互いが作用しあい素晴らしいものを作り上げていた。それが恋しい。それが恋しいととてもよく考えてる事を認めるよ。ソロ活動も良いけれど、他の3人とともにスタジオに入って行けてたら最高だったろうな。ソロでもクイーンでも素晴らしい経験をさせてもらった。

(ツアーに必ず持っていくものはありますか?)22:35

昔はあったけど、今はないよ。子供っぽかったんじゃないかな。今は現地の食べ物を楽しもうと思っている。以前は子供たちもHPのベイクドビーンズやトマトスープなんて持って行ってたけど、今は行った先の食べ物を食べるね。ツアーの時は1つのスーツケースにもしもの時のための薬やビスケット、チョコレートとかを持って行っていたよ。人生は新しい体験のためにある。オープンでいないと新しい体験はできないよね。ひとつだけ必ず持って行くものがある。片頭痛の薬。

(できなかった事で後悔していることは?)25:24

オリジナルに欠ける答えを言うこともできるね。アルベルト・アインシュタインの答えを知ってる? アインシュタインは「あなたは輝かしい功績を残されていますが、何か後悔していることはあるますか?」と聞かれ、「1人の女性と生涯を添い遂げたかった」と答えたんだ。僕もそうできたらよかったと思う。人生が崩れていくような事を経験せずに済んだだろうし、そのことを誇りにも思えていたんじゃないかな。
後悔している事か…そうだな、20代のうちに自分の恐れと対峙していたら良かったと思うね。最悪の状況を潜り抜けた今、より良い人間になれたと感じる。もっと早く恐れと向き合えていたらいろいろなこと、人間関係とか、もっとうまくいっていただろうと思うね。とは言っても、これも運命だよね。今はここに辿り着いたことをありがたく思う。

(あなたの作った曲の中で、あなた自身を最も表している曲は?)26:55

答えられないね。なぜならどの曲も当てはまるから。曲を作るにあたって、僕は常にありのままの気持ちを表してきたんだ。時にはあまりにも率直になりすぎたこともあった。だからどの曲にも僕自身が大きくと投影されている部分がある。曲によって度合いが違うけれど、常に自分自身を投じてきた。

(ロジャーが3人でまたレコーディングすることがあるかもしれない、とほのめかしていたようですが、あり得るのでしょうか?)41:01

あり得ることだと思うよ。いつ、どこで、確実にありえるのかどうかはわからないけれど。できたらいいな、とは思う。みんなもそう思うかな?

 

<おまけ>

今日3月9日にちなみ、スターマス フェスティバルという天文学、宇宙探査、音楽、芸術などを祝うイベントで披露された ‘39。

ブライアンによる曲紹介の日本語訳を。

 

ブライアン: この曲は1976年頃僕が書いた曲で、当時僕は人類が宇宙へ進出し、ひろがっていくことはよいアイデアだと思っていました。今は、この地球で人間が行ってきた酷いことを思うと自信は持てません。この曲は宇宙船についての曲で、ここにきているみなさんにはアインシュタインの一般相対性理論における時間の遅れについてご説明する必要はないですよね?

(会場から必要とする声)

え、必要なの?

大まかにいうと、光の速さに近いスピードで宇宙へ長旅をすると距離にはひずみが生まれ、さらには自分と地球にいる人々の間で流れる時間が変わってしまうわけです。なので、僕たち宇宙飛行士が新たな天地を求め、光の速さに近い速さで宇宙へ行ったとすると、戻ってきた時には、自分たちには1年位しか感じられなくても。地球では100年が過ぎてしまっているということがあり得るのです。僕は戻ってきたときに、タイムトラベルをしたかのように愛する人々がすでにいなくなっていたとしたら、どんな気持ちになるのだろう、と思いました。この曲を聴きながら、そんな事に思いをはせていただけたらと思います。

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「ブライアン、ブライアン、ブライアン、これを聴いてよ!」

 

フレディ・マーキュリーがご家族と住んでいた家のブルー・プラーク除幕式でのブライアン・メイのスピーチの日本語訳です。ブライアンがこの家を訪れた時のフレディとのやりとりが面白いです。

ブライアン・メイ: 皆さんお集りいただきましてありがとうございます。ここ立つことを光栄に思います。
なんだか不思議な気持ちです。

フレディと僕の出会いは約50年前にさかのぼります。
ここで彼のお父さんやお母さんとお会いしました。
この場所にこのように友人を追慕し、銘板を掲げることになるなんて僕たちには想像することもできませんでした。
喜ばしい機会ではありますが、寂しくもあります。なぜならフレディは今もここにいて、創作しているはずだったからです。

フレディとの出会いはロジャーと僕たちが組んでいたバンド スマイルのヴォーカルのティムを通してでした。僕らはフレディがグラフィックデザインを学んでいたイーリング・テック(Ealing Technical College and School of Art) で出会いました。フレディは当時ジミー・ヘンドリックスなどの絵ばかりを描いていたものです。

この家に訪れて来た時の事をよく覚えています。彼のダンセット社のレコードプレーヤーが置かれた小さなリビングルームに通されました。オートチェンジャーがついたプレーヤーで魅力的な音を奏でるものでした。

フレディがレコードをかける姿を鮮明に覚えています。たぶんジミー・ヘンドリックスの “Axis: Bold As Love” だったと思います。

彼は興奮気味に「ブライアン、ブライアン、ブライアン、これを聴いてよ!」と言いました。僕は「わかるよ、ジミー・ヘンドリックスだろう? 彼は最高だよな。僕たちも大好きさ。」と。すると彼は「違う違う違う、よく聴いて、どうやって構成されてるか。このギターの音がここからきて、で、こっちから、そしてあっちから聞こえるんだ。動き回ってるんだよ!僕らはこういう事をやらなきゃいけないよね!僕らはこれをやろう!」と言ったのです。

僕は「えっ!?」と驚きました。彼は「そうさ、僕らはグループを作るんだ!」と続けました。その時、僕は心の中で 「君は歌えるの??」 と思いました。

僕たちはとてもとても初期段階のステージ上を走り回る表現力豊かなフレディしか見たことがありませんでした。カッコよくきめていましたが、あまり歌は歌っていませんでした。歌ってもハイテンションで叫んでるような感じでした。彼がのちに素晴らしく、輝かしい、そして見事にしっかりとしたパフォーマー、フレディ・マーキュリーになるなんて誰も想像できなかったことでしょう。

その後の話はみなさんもご存じの通り。僕たちボーイズは、フレディ、僕、ロジャー、ジョンで世界を征服したわけです。夢にも見なかった事でした。僕たちは人々の人生の一部となりました。それが今日この場につながります。
時々、朝起きて ”いったいどうやってあんなことが起こったのだろう” と思います。

まだ言っていないことがありました。フレディも僕もここフェルトンで育ちなんです。僕はここから300ヤードほど先に住んでいました。でもイーリング・テックでティムに紹介されるまでお互いを知らずに育ちました。
フレディがどんなだったか、短い言葉でまとめることは難しいです。
彼はシャイな男子でした。

出会った頃は ”大人な” 僕らとは違い彼は実家に住んでいることを恥ずかしがっていたようでした。なので、彼はよく友達の所に転がり込んでは床で寝ていたものです。

先ほど僕はちゃかして説明してしまいましたが、フレディははじめから観客とつながり、みんなをワクワクさせる事ができるとても類まれなる才能を持っていました。ですからでグループを結成する、と決めた時も僕たちは彼が特別な人間だという事はわかっていました。

彼は人々に自分たちもできる、と思わせることができる人間だったと僕は思います。1986年ウェンブリースタジアムにいた男も女もフレディが彼ら自身の象徴であり、彼らの夢の代表であり、一生懸命に取り組めばどんな夢でも叶うと感じました。

フレディは彼の芸術に向けて100万パーセント一生懸命でした。彼は音楽を愛し、ミュージシャンとしての彼自身を作る事も大好きでした。彼は全世界とつながっていました。

このブルー・プラークを掲げられる事をとても喜ばしく思います。彼の素晴らしい妹、カシミラさんをご紹介します。

カシミラさん:みなさん、こんにちは。今日ここにこうして私の兄フレディのためのブルー・プラークを披露できる事をとても嬉しく、また誇りに思います。


フレディとの最初の出会いを以下のインタビューでも聞くことができます。

2:16~

ブライアン:フレディと一番最初に出会ったのは彼が僕たちのギグに来た時だ。コンサートとは呼ばないものだったね。僕たちは大学の食堂や小さなクラブ、バーなんかで演奏していたんだ。誰も本気では聴いてなくて、僕らも好きに演奏してた。

そこへフレディはやってきた。彼は「君たちってすごい。最高だ!最高!ほんとに素晴らしい!でもね、こうやったらいいよ、ああやったらいいよ、もっとショーらしく、ドラマティックに、サウンドはこう、さらにこう照明を使って…」と言ってきたんだ。僕らは「わかった、フレディ。」それから ”誰この人?” とお互いの顔を見合わせた。(笑)で、「キミは何者?」と聞くと「僕は歌手さ、ダーリン」と言ってきた。僕らは「あー、本当。わかった、わかった」って対応だったのだけど、何度もギグに来るんだよね。そのうち僕らのバンドはあまりうまくいかず、リードシンガーは世界的に有名になった(皮肉たっぷりに)ハンピーボングというバンドに引き抜かれてしまったんだ。彼は大物になるために出て行ったけど、残された僕たちはどうすればいいんだ、と困っているところにフレディが「僕がキミたちのために歌ってあげるさ」と言ってきたんだ。

それで僕たちは練習を始めたわけなんだけど、第一印象は「Oh my God…」(やばい…)だったね。

なんというか、ほとばしり出るような威勢の良さ(ebullient*)、あふれんばかりの元気さ(exuberant**)。動き回って大声で叫んでる感じ。僕たちはあっけにとられたけれど、まあフレディ自身は良かれと思ってやっていることだし、良しとした。

(* ** 訳注: と言ってると思います。違ったらごめんなさい)

何度かリハーサルし、試験的に小さなギグをしていくうちにこのフレディという男はきちんと歌えるし、良いアイデアをたくさん持っているということ事に気が付いたんだ。

僕たちにはベースプレーヤーがいなくて困っていた。いろんな人を試したけれど、僕らに合うスピリットを持ち合わせた人がいなかった。6人ぐらい試した後、ジョン・ディーコンを見つけたんだ。僕たち4人はぴったり合った。こうしてその瞬間クイーンは誕生し、僕たちの人生が変わった。クイーンが僕たちをどこへいざなってゆくのか、誰一人としてその時には気が付いていなかった。信じられないことだよね。僕らは不可能な夢を持ったただの若者だったんだ。